【人生】これまで人に伝えるのが最も難しかったことは?

引用元:What’s the hardest thing you’ve ever had to tell someone?

あるカップルに、彼らの幼い娘をアパート火災から助けることができなかったと伝えたこと。彼女は這って、クローゼットの服の山の中に隠れていた。煙の中では視界がゼロだから、僕たちは触った感覚を頼りに仕事をするしかないんだ。服の山を調べた時にはその下に何かがあったことに気付かなかった。

 ▼娘が生まれてから毎年彼女を消防署の見学会に連れて行ってるし、消防士が年に4回彼女の学校に来て話をしてくれてる。大切なのは子供達に火事のときどうするかを教えることだと思うけど、子供は子供だからやりたいことをする。できることはなるべくいい判断をするよう教えるだけ。そうは言ってもこの話は本当に恐ろしい。この会話のどちらの立場にもなりたくない。

  ▽その通り!防災と教育は自分にとってすごく大事なことだ。彼女が三年生の担任をしているけど、毎年火災訓練をしに行ってるよ。問題が起こる前に計画を立てておくのが重要だ。

 

姉妹に父が自動車事故で死んだと伝えたこと。二回話さないといけなかった。一度目は私が泣きすぎてて何て言ったのか彼女には理解できなかったから。

 

刑務所で働いてる時にある男に彼の娘が死んだと言わなければいけなかった。彼は収監者でけっこう長いこといた。いい奴で、若くて、子供のことをよく話してた。自動車事故だったと思う。部屋から出して、彼が怪しく(誰かのことを密告してるように)見えないように気をつけて話した。娘の死を知った数分後には彼はターゲットにされないように気を引き締めないといけなかった。何のサポートもなくあんな状況を切り抜けるなんて想像もできない。自分は何もしてあげられなかった。もしすれば彼の立場はまずくなっただろうから。医療目的の連絡に見せかけて、看護師のオフィスの中で少しだけ家族に電話させてやることができたけど、不十分に感じた。

 ▼一体なんでそれが彼をターゲットにするんだ?

  ▽僕が働いてた刑務所のその場所は大部屋で、普段は40人以上が入ってて、年間60%以上に及ぶ過剰収容の期間は50人以上も入ってた。仕切りはなくて、私物はそこに置きっ放しだ。たくさんの人が談話室で寝てた。加えて、常に人が出たり入ったりしてるから、既に通りで見知っていた相手と中で再会したとかでもない限り人間関係が築かれることは稀だ。どんな種類の弱みであろうと、今の君は防御力が弱ってるというのが知られると、物理的な暴行や盗みの対象にされるリスクになる。都合がいい時期を見計らっている奴らはどんな理由でも、それが子供の死であろうと、相手の私物を盗むのに利用する。精神病を抱えた人たちが殴られるのを日常的に見たよ。そういう奴が誰かの家族の死なんか気にすると思う?

 

妊娠中の女性に、彼女が赤ん坊の動きを感じなくなったのは赤ん坊が死んだからだと伝えなければいけなかった。予定日の三週間前だった。

 ▼私たちは予定日の三週間前に、娘は生きては生まれないと知った。でも私が妊娠している間は生きているだろうって。私はそれを、友達に、家族に、夫に対して繰り返し話さなければいけなかった。娘には染色体異常があってそれで心臓が弱ってたけど、完璧な見た目で生まれた。ただ生きてはいなかっただけ。自分が大人になったことに気づいた瞬間だった。今は健康な息子が二人いるけど、彼女のことを毎日考える。今年の7月に彼女は6歳になるはずだった。もしこれに対する見方が聞きたければ質問して。あなたが考えているより多くの人がこれを経験してる。彼らはただ話さないだけ。

 ▼クソッ。そういう時って親は子供を見せてもらったり見たいと頼んだりするの?

  ▽私たちは(もし親がそうしたければ)ちゃんと写真撮影をする。服を着せて、写真を撮って、身長と体重を測って、足型を取る。親が希望すれば家族写真を撮るために特別に訓練されたカメラマンがいる(カメラマンは赤ちゃんをどういうポーズにするのがいいかや家族の苦しみを和らげるやり方を知ってる)。赤ちゃんとは必要なだけ一緒にいられて、そのあとお葬式をする(赤ちゃんがある程度の大きさに達してたら…それよりも早い時期だったら、お葬式はなし)。

   ▽うわ。死んだ赤ん坊と家族写真?自分が親ならそれができるか分からないな。

    ▽隣人はやってたよ。彼らは赤ん坊が無事に生まれると思ってたけど、肺の問題で一時間しかもたなかった。生きてる間はずっと赤ん坊と過ごして、そのあと写真を撮った。気持ちを浄化させる体験で、もしあの状況戻ってもまたやるだろうと言ってたよ。いい終わりと一生の思い出になったんだ。

   ▽そのカメラマンたちの仕事は何てつらいんだ。

   ▽これをやったよ。30年間でこの写真は一度しか見ていない。でも妻と写真を撮ってよかった。

 

前の仕事で管理職として、同僚の一人に仕事に来る前にシャワーを浴びるように言わなければいけなかった。彼の体臭に対する苦情がいくつも来ていたから。

 ▼ルームメイトがそういう人だ。誰か、頼む、どうやって人にこの問題について話し始めればいいいんだ?彼の部屋は体臭で飽和してる。彼は定期的にシャワーを浴びてるしデオドラントも使ってる.. でも臭いが消えないんだ。

 ▼同僚に、足が臭すぎるから誰も隣に座りたくないんだって伝えないといけなかった。彼らは靴のせいにしようとした。いや、足が先に靴を臭くしないと靴は臭わないはずだけど、まあいいよ。

 

ある日深夜の三時くらいに、目の前で大きな自動車事故が起こって、助けるために車を寄せた。同乗者は頭から大量に出血していて、妊婦だったドライバーはボーッとしていたけど彼女の姉妹の電話番号をくれた。自分は彼女に電話して、事故があったこと、彼女の姉妹は大丈夫そうだけど義理の兄弟は深刻な怪我をしていることを話したら、彼女は甥っ子のことを尋ねた。車には他に誰も見えなかったから混乱した。でも彼女は僕に後部座席に甥っ子が寝ているんだと伝えた。彼女からそう言われて心が沈んだ。トレーラーに追突された小さな4ドアのセダンは、クーペになっていたんだ。後部は完全に潰されて、その上は被害者を引っ張り出してからすぐに燃え上がっていた。車が炎に包まれるのを見つめながら黙っていると、彼女は半狂乱で「甥はどこ!」と叫び始めた。正直、伝える勇気がなかった。だから見つけたら掛け直すと伝えて電話を切った。その家族はニューヨークからメリーランドに住む家族を訪ねに来て、メリーランドに入ったところで居眠り運転のトレーラーに突っ込まれたんだ。あの家族を本当に気の毒に思う。あの女性は夫と息子をその夜に失った。9年前の出来事だけど今も悲しくなる。

 ▼それでその甥っ子は生き残ったの?

  ▽奇跡的に事故からは生還したけど2日後に亡くなった。捜査官は彼は体の80%以上に火傷を負っていたと言ってた。自分はそこについてて、みんなが万力のような道具を使って彼を残骸から引きずり出すのを見てた。彼はぬいぐるみの人形みたいだった、もう死んでるみたいで。何より腹がたつのは、メリーランドメディカルセンター大学までは車で3-5分だったのに、消防と救急車が現場に来るのに30分以上かかったことだ。もし助けが早ければ彼らは助かったんじゃないかと考えてしまう。

【管理人】最後の事故には言葉もないですね。ドライバーの女性のお腹にいた子供だけでも無事に生まれたことを祈ります。

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